幼少期-1
私の住んだ土地の中で最も古い記憶に刻まれている場所は、小学二年生の夏まで過ごしたC県M市N町だ。
そこはT工業という大きな鉄工所の隣に設けられた土地で、コの字型に5区画の住宅が建てられていた。
その一番奥の突き当たりが私の家族が住む家だった。
二階建てで中央にあたる位置に玄関があった。
木でできた扉を開けると目の前に階段、その左側に和式のトイレ、右側には6畳ほどの和室がある。
トイレの左にはキッチンとテーブルが置かれたリビングになっていた。
リビングの左側にお風呂がある。
二階は二部屋で片方は祖母の部屋、反対側には子供部屋があり、姉と二人で使う二段ベッドが置いてあった。
自宅の裏は雑木林が広がり、日中でも日当たりの悪いイメージが残っている。
玄関までのアプローチは薔薇のアーチに囲まれて、庭を潰したスペースには父親が建てた二階建てのプレハブ小屋があった。
一階は父親が金属加工か何かをする作業場になっており、薄暗く鉄と油の匂いがしていた。
作業場の二階には大学生の兄が住んでいた。
兄はとても優しく憧れの存在であり父親の連れ子である。
姉は見た目も性格も私と正反対であった。
明るく活発で色白で、キラキラ輝く真っ直ぐな黒髪の女の子だった。
姉妹格差で差別を受けていた私の目には、何をしても許され褒められ与えられている羨ましい存在だった。
習い事などやらせてもらったことのない私と違って、姉は習い事を三つくらい掛け持ちしており、その中の一つにピアノ教室があった。
その教室には一度だけ連れて行ってもらったことがある。
そこは個人で自宅に開いているピアノ教室だった。
一階の広い部屋に置かれたピアノの後ろにジッと座って見ていたが、その内にトイレに行きたくなった。
モジモジしならが、ピアノの先生に小声で「おしっこ」と伝えるとトイレまで案内してくれた。
ドアを開けて中に入ると、なんとそこには見たことのない謎の白い物体が置かれていた。
近づいて中央の穴を覗いてみると、中には水が溜まっている。
どこの家に遊びに行っても、こんなものは存在しなかった。
これがトイレなのだろうか? と戸惑ったが、それっぽい感じを醸し出していた。
さて、どこにどのように済ませれば良いものか。
モジモジしながら悩んでいると、遂に両脚の内側がジワーっと暖かくなり、足元はビショビショになってしまった。
この時が洋式トイレとの初対面だった。
その数年後、十代半ばになった頃にC県にあるI駅の駅ビル内の公衆トイレにウォシュレットが設置された時は度肝を抜いた。
個室のドアを開けて中を覗くと、いつもの洋式トイレの脇に何やらボタンの並んだ装置が付いていた。
物珍しく試しに水を流してみようと思い、一つのボタンを押したら便器が水芸を始めたのだ。
ビックリして止め方がわからず慌てた私はトイレのドアを閉めて逃げるように立ち去った。
思い出す度、懺悔の思いで胸が痛くなる体験である。
私くらいの年代に聞く「洋式トイレ初めて物語」は数々のドラマがあり、なかなか感慨深いものである。