斜陽の窓辺

多くの人の目に触れると都合の悪い人生。

4年生〜

小学校高学年。


父親に連れられて父の知り合いと会った記憶は、この時期だった気がする。

その人は「お姉ちゃんは色白なのに妹は色黒なんだねぇ」と言った。

父親は「こいつは垢が溜まってるから色が黒いんだよ、なぁ」と私の同意を求めた。


服を買いに行った時には、紫色のものを選ぶ私に「こいつはほんとセンスがないな、こんな陰険な色が好きなのかよ」と言った。

私は単に葡萄が好きで、同じ色の紫を選んだだけだったのだ。


その内に何もしなくても

「こいつは性格が暗い」

「陰険だ」

「意地汚い」

キチガイだ」

「クソミソだ」

などと言われ続けた。

「クソミソ」という言葉を知っているだろうか?

クソでも味噌でも一緒になっている汚い人間のことをそう言うのだそうだ。

そして、私はその名の通りのクソミソな生活をしていた。

既にうつ病になっていた私は、身だしなみに気を遣わなくなっていた。

朝起きて洗顔も歯磨きもせずタンスから服を適当に取り出し着替えて、昨日置いたランドセルをそのまま背負い学校へ行く。

当然ハンカチもティッシュも持たず宿題もやっていない。

学校は必ず行かなければならない場所で「行かない」という選択肢は存在しない。


この時期から卒業までの学校での記憶が散らかり過ぎて、時系列が確実と思える記憶は殆どない。

クラブ活動は裁縫クラブか料理クラブだったと思うが、活動自体も何も覚えていない。


学校では「ケンモツゲリラ」「ケンモツ菌」と呼ばれていた。

放課後は図工室の隣の準備室に呼び出され、何人もの同級生に「家が散らかっていて汚い」「目を合わせるな」「気持ち悪いから笑うな」「触れるな」「喋るな」「土下座しろ」などと多くの注文が出されていたことを鮮明に憶えている。


首に下げた鍵で誰もいないマンションの扉を開けランドセルを下ろすと、そのまま突っ伏して静かに泣いた。

毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日

誰にも気付かれないようにそっと泣いた。


それでも翌日には学校へ行く。

何故なら行かなければ殺されるからだ。

一度でも行かなければ命はない。

私は生きるために学校へ通った。





そして私の最外殻には八人の



八人の悪魔が棲み着いた。



あけおめ。